遠大な計画

中川知博

2023年09月18日 08:00



 昔、中国でのお話です。ある君主が猟に出かけたとき、一人の老人があえぎながら松の苗を植えていました。

 君主は 「おじいさん、年はいくつかね」 とたずねたら、 「85になりました」 と答えました。君主は 「松はいずれ立派な木に育つだろうが、それではおじいさんの生きている間には使えないじゃないか」 と言いました。

 これを聞いた老人は、木を植える手をとめて、「この木は植えてから百年後に役立てるものです。自分が生きている間に使えないから無駄ではないかとは、とても国を治める方の言葉とは思えません。私は、先は短いですが、子孫のために木を植えているのです」 と答えました。

 これを聞いた君主は、すっかり恥じ入って 「自分がまちがっていた」 といい、その老人を丁重にもてなしたということです。

 私たちは、不透明な、変化の激しい時代だからといって、3年後、5年後ぐらいのことしか考えられないのでは、ないでしょうか。

 30年後、50年後、いや100年後のことを考えたいものです。たとえ遠大であったとしても、未来を大いに語りたいものです。