2019年01月21日
育てる姿勢
学校教育や子育てには、いろいろな角度で子供と接していく姿勢が大切です。
まず第一に、前向きに向かい合う姿勢です。
つまり、教師や親が、子供を前にして、いうべきことをいい
考え、またしつけていく姿勢です。
ところが、今は当然いうべきことを言わず、叱るべき時に
叱らない親が少なくありません。
第二には、子供と横並びの位置で接していく姿勢です。
つまり、上下の関係ではなく、心を開いて、子供たちの日常生活の
中に目を向けて、心の悩みを察し、受け止めていくことです。
子供は子供なりの考えを持って行動しています。「信頼」してやることです。
第三は、背中、つまり後ろ姿で接することです。
日ごろ、子供にしつけていることを、まず大人が率先して実行していくことです。
つまり大人が自分自身を厳しく律して、模範を示すことが大切です。
いくらきれいごとをならべても、大人がそれに反した行動を取っているようでは
子供は決してついてこないでしょう。
知徳一体の豊かな人格形成を目指すためにも、上の立場にいる人は、
とくに、この三つの姿勢を常に忘れず、接していきたいものです。
まず第一に、前向きに向かい合う姿勢です。
つまり、教師や親が、子供を前にして、いうべきことをいい
考え、またしつけていく姿勢です。
ところが、今は当然いうべきことを言わず、叱るべき時に
叱らない親が少なくありません。
第二には、子供と横並びの位置で接していく姿勢です。
つまり、上下の関係ではなく、心を開いて、子供たちの日常生活の
中に目を向けて、心の悩みを察し、受け止めていくことです。
子供は子供なりの考えを持って行動しています。「信頼」してやることです。
第三は、背中、つまり後ろ姿で接することです。
日ごろ、子供にしつけていることを、まず大人が率先して実行していくことです。
つまり大人が自分自身を厳しく律して、模範を示すことが大切です。
いくらきれいごとをならべても、大人がそれに反した行動を取っているようでは
子供は決してついてこないでしょう。
知徳一体の豊かな人格形成を目指すためにも、上の立場にいる人は、
とくに、この三つの姿勢を常に忘れず、接していきたいものです。
Posted by 中川知博 at
08:00
│Comments(0)
2019年01月07日
心はいつもいい方向に
京都の大徳寺のそばに、「泣き婆さん」と呼ばれる人がいました。
このお婆さんには、二人の息子がいました。
一人は「傘屋」を、もう一人は「雪駄屋」(草履屋)をしていました。
泣き婆さん、と呼ばれる理由は、いつも雨が降ると、雪駄屋の息子がかわいそうだ。
晴れた日には、傘屋の傘が売れないので、かわいそうだと泣いてばかりいました。
その様子を聞いた大徳寺の和尚さんは、「お婆さん、なぜ晴れた日に「雪駄屋」の
息子のことを、雨の日は「傘屋」の息子のことを喜ばないのか」とさとしました。
そうか、いつも悲しんでばかりいず、喜んだらいいのだと気づきました。
その日から、今までの考え方を180度転換しました。
以後、世間の人は「笑い婆さん」と呼ぶようになりました。
このお話の一番大切なことは、いい日だ、悪い日だということは、
自分で決めているだけです。
事情は(天候)は、少しも変わっていません。
なのに、進んで自分から悪い日だと思うから、心も悪くなっていくのです。
心の持ち方は、常にいい方向に向けてはどうでしょう。
このお婆さんには、二人の息子がいました。
一人は「傘屋」を、もう一人は「雪駄屋」(草履屋)をしていました。
泣き婆さん、と呼ばれる理由は、いつも雨が降ると、雪駄屋の息子がかわいそうだ。
晴れた日には、傘屋の傘が売れないので、かわいそうだと泣いてばかりいました。
その様子を聞いた大徳寺の和尚さんは、「お婆さん、なぜ晴れた日に「雪駄屋」の
息子のことを、雨の日は「傘屋」の息子のことを喜ばないのか」とさとしました。
そうか、いつも悲しんでばかりいず、喜んだらいいのだと気づきました。
その日から、今までの考え方を180度転換しました。
以後、世間の人は「笑い婆さん」と呼ぶようになりました。
このお話の一番大切なことは、いい日だ、悪い日だということは、
自分で決めているだけです。
事情は(天候)は、少しも変わっていません。
なのに、進んで自分から悪い日だと思うから、心も悪くなっていくのです。
心の持ち方は、常にいい方向に向けてはどうでしょう。
Posted by 中川知博 at
08:00
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