2020年07月20日
親はいつまでも親
高齢社会にあって、老親を抱える家庭は、かなり増えています。介護を要する老親も多いことが想像されます。
体力も知力も衰えた親を持つ人にとって、親と接するとき、どんな気持ちでいるのでしょうか。80歳の痴呆の父親を持つ40代の女性はこんなことを語っていました。
「義父や義母が入院しているなか、実の父親も老人ホームに入所しています。多忙の折、実父に会いに行くと、開口一番必ず自分のことを気づかってくれる言葉をかけてくれます。こちらが元気づけようと会いに行っているのに、親はいつまでたっても、わが子のことが気になるんですね」
イギリスの詩人ブラウニングは、こんな言葉を残しています。「恋人同志の熱がさめても、夫婦の仲が悪くても、両親の愛だけは、永久に変わらないものである」
親の子に対する愛は絶対であり、永久なのです。現代はだんだん、親を大切にしない傾向にありますが、このような親の愛に対して、子として報いる心がなければ、その子供は人間として失格なのです。
体力も知力も衰えた親を持つ人にとって、親と接するとき、どんな気持ちでいるのでしょうか。80歳の痴呆の父親を持つ40代の女性はこんなことを語っていました。
「義父や義母が入院しているなか、実の父親も老人ホームに入所しています。多忙の折、実父に会いに行くと、開口一番必ず自分のことを気づかってくれる言葉をかけてくれます。こちらが元気づけようと会いに行っているのに、親はいつまでたっても、わが子のことが気になるんですね」
イギリスの詩人ブラウニングは、こんな言葉を残しています。「恋人同志の熱がさめても、夫婦の仲が悪くても、両親の愛だけは、永久に変わらないものである」
親の子に対する愛は絶対であり、永久なのです。現代はだんだん、親を大切にしない傾向にありますが、このような親の愛に対して、子として報いる心がなければ、その子供は人間として失格なのです。
Posted by 中川知博 at
08:00
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2020年07月06日
物を見る目
私たちが目で物を見ることができるのは、物体に当って反射した光が眼球から入り、視覚細胞のある網膜の視神経を刺激するからです。
ところが、昔はそれが解らず、さまざまな説がありました。そのひとつは、人間の目から各人特有の視線を発し、それが対象物体に当ってハネ返るから、物が見えるという考え方です。
したがって、自分がビクビクしていると、枯れすすきを見ても幽霊に見えるというのです。この考え方を、物を見る目、つまり心の問題と結びつけて考えると、どうなるでしょうか。
対人関係でも、自分が相手に冷たい視線を向けると、相手も自分に冷たい態度をとるようになります。たとえば、「どうもあの人は気にくわない、打ちとけられない」と敬遠の目で見ると、相手の表情やしぐさがいちいち気になり、相手も自分を嫌っているように見えます。
反対に、つねに周りの人たちに温かい視線を向けていると、相手も自分に温かい表情、気持ちで接してくれます。
目は心の窓といわれるのも、心がそのまま目や顔の表情にあわられ、すぐに相手の心に反応するからでしょう。お互いに、よりよい人間関係を育てるために、常に心したいものです。
ところが、昔はそれが解らず、さまざまな説がありました。そのひとつは、人間の目から各人特有の視線を発し、それが対象物体に当ってハネ返るから、物が見えるという考え方です。
したがって、自分がビクビクしていると、枯れすすきを見ても幽霊に見えるというのです。この考え方を、物を見る目、つまり心の問題と結びつけて考えると、どうなるでしょうか。
対人関係でも、自分が相手に冷たい視線を向けると、相手も自分に冷たい態度をとるようになります。たとえば、「どうもあの人は気にくわない、打ちとけられない」と敬遠の目で見ると、相手の表情やしぐさがいちいち気になり、相手も自分を嫌っているように見えます。
反対に、つねに周りの人たちに温かい視線を向けていると、相手も自分に温かい表情、気持ちで接してくれます。
目は心の窓といわれるのも、心がそのまま目や顔の表情にあわられ、すぐに相手の心に反応するからでしょう。お互いに、よりよい人間関係を育てるために、常に心したいものです。
Posted by 中川知博 at
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