2020年11月16日

「疾風に勁草(けいそう)を知る」

 長い人生の中で、誰しも一度や二度大きな問題にぶち当り、悩み苦しむことがあるはずです。

 「疾風に勁草を知る」は、中国の古典『後漢書』に書かれています。激しい風が吹いて初めて、強い草が見分けられるという意味です。つまり、苦難、困難にぶつかってこそ、その人の “芯” の強さがわかるという教えです。

 仕事上のミスを、上司に厳しく責され、その仕事に自信をなくしたり、職場の人間関係に耐えられず、転職を考えたりする時、人はつい、楽な道を探そうとします。

 自分の人生なんだから、人に迷惑をかけないかぎり、自分の好きなように生きていけばいいのではないかと、安易に考える人もいるでしょう。

 自信をなくしたり、生きる気力をなくすと、私たちは、時として目前の課題から逃げようとしてしまいます。

 問題は何なのか、転機に立った時こそ、その苦難から逃げてはいけないのです。仕事に対する気持ち、生き方について、じっくり考えるチャンスが与えられたのです。

 この教訓は、地にしっかりと足を着けて、強い風に立ち向かっていける人間になるために教えられているのではないでしょうか。
  


Posted by 中川知博 at 08:00Comments(0)

2020年11月02日

「一人前の人」とは

 おっかさんに 尻をふいていただいて 育ててもらった

 私達は おっかさんの お尻の世話が 出来ない間は

 一人前だと思ってはならない

 一人前づらをしてはならない     (石川 洋)

 自分の生まれたときのことを考えてみましょう。すべての私たちは、深い愛情に支えられ、心配をかけ、励まされ、育ってきました。そんな育ててくれた人に、有り難さや、恩を感じず、当然のような顔をして、もらってあたり前と感じているようでは、いくら社会的地位が高くても、お金儲けが上手でも、「一人前」と言える資格はありません。

 介護制度ができて以来、施設へ入れるのが当然のような風潮が最近はびこっています。

 育ててくれた人が年を老い、面倒をみるのは、人間として当然のことです。それを「だれかが面倒をみるだろう」と他人任せにせず、真っ先にお世話をしようという心を持っている人こそ、「一人前の人」と呼べるのです。

 これは親子の間に限ったことではありません。今日まで、お世話になった人、応援、支援をしてもらい恩を受けた人に対しても、その何分の一でも、お返しをする人こそ、独立自由人と認められます。お返しのできてない人は、銀行の借金を抱えている人と同じです。その人は、いつまでも「半人前」なのです。
  


Posted by 中川知博 at 08:00Comments(0)