2021年07月19日
神嘗祭
天照大神さまが三種の神器のほかに、もう一つお渡しになったものが稲です。高天原にある聖なる庭に生えていた稲穂をお渡しになったのです。これが日本の国の始まりであり、日本の農業の原点があります。
お伊勢さんで一番大切なお祭りは、20年に一度の式年遷宮ですが、年中行事でいちばんたいせつなのは神嘗祭です。
神嘗祭に至るまでには、2月17日に記念祭が行われ、今年のお米が無事にできますようにとお祈りします。それから苗代をつくり、下穂祭といって種蒔きが行われ、平安でありますようにと、お祭りが次々と行われます。
そして、11番目が最大のお祭りである神嘗祭です。「由貴夕大御け共進の儀」が、外宮では10月15日、内宮では16日それぞれ夜の10時から行われます。「由貴朝大御け共進の儀」が、外宮では10月16日、内宮では17日のそれぞれ真夜中の2時に、4時間の差をおいて、それぞれ2回行われるお祭りです。
このお祭りは、今年の新米を神さまに食べていただくために行われます。この夜だけは大変な御馳走です。海の幸山の幸をお供えします。新米のお酒も、お餅も作ります。
重要なことは、この儀式が2千年も続いて行われていることです。伊勢神宮では、神嘗祭のことを「覆奏」(かえりごともうし)といいます。その意味は、返り事ですから、返事を申し上げているのです。何の返事かというと、天孫降臨の返事です。「今年もお米ができました。これでわが国民が一年間、命をつながせていただきます。ありがとうございます。まず、神様がお上がりください。」というお祭りが、神嘗祭なのです。
このようなことを行っている国は、日本以外にはありません。革命なしで国が滅びずに続いてきた国柄でなければこそできるのです。
因みに、皇居では新嘗祭は、11月23日に天皇陛下自らお一人で行われます。その日までは天皇陛下は新米を食べられないそうです。
お伊勢さんで一番大切なお祭りは、20年に一度の式年遷宮ですが、年中行事でいちばんたいせつなのは神嘗祭です。
神嘗祭に至るまでには、2月17日に記念祭が行われ、今年のお米が無事にできますようにとお祈りします。それから苗代をつくり、下穂祭といって種蒔きが行われ、平安でありますようにと、お祭りが次々と行われます。
そして、11番目が最大のお祭りである神嘗祭です。「由貴夕大御け共進の儀」が、外宮では10月15日、内宮では16日それぞれ夜の10時から行われます。「由貴朝大御け共進の儀」が、外宮では10月16日、内宮では17日のそれぞれ真夜中の2時に、4時間の差をおいて、それぞれ2回行われるお祭りです。
このお祭りは、今年の新米を神さまに食べていただくために行われます。この夜だけは大変な御馳走です。海の幸山の幸をお供えします。新米のお酒も、お餅も作ります。
重要なことは、この儀式が2千年も続いて行われていることです。伊勢神宮では、神嘗祭のことを「覆奏」(かえりごともうし)といいます。その意味は、返り事ですから、返事を申し上げているのです。何の返事かというと、天孫降臨の返事です。「今年もお米ができました。これでわが国民が一年間、命をつながせていただきます。ありがとうございます。まず、神様がお上がりください。」というお祭りが、神嘗祭なのです。
このようなことを行っている国は、日本以外にはありません。革命なしで国が滅びずに続いてきた国柄でなければこそできるのです。
因みに、皇居では新嘗祭は、11月23日に天皇陛下自らお一人で行われます。その日までは天皇陛下は新米を食べられないそうです。
Posted by 中川知博 at
08:00
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2021年07月05日
天孫降臨と三種の神器
天孫降臨は『日本書記』に、「天孫降臨」というのがあります。天孫、つまり天照大神さまのお孫さんが地上の国に降りてこられた。そこから日本の国が始まったのだという、肇国の神話です。
「すばらしい国をつくりたい」と考えられた天租は、最初は自分の子供である天忍穂耳命に命ずるのですが、その準備に時間がかかり、実行できませんでした。
そこで、天忍穂耳命は自分の子供である「にに杵尊」に、「私に変わって日本に降りていくように」と言います。天照大神さんも、「国づくりというものは若い人がいい。よし、それでは孫をやろう」ということになったのです。
にに杵尊は、九州の日向・高千穂に向かうのです。その時、天照大神さんが「にに杵尊」にお渡しになったのが「三種の神器」です。やたの鏡、八坂にの勾玉、天叢雲剣をお渡しになり、「これを持っているものが、私の子孫の印で、日本の国を治める精神を表す印だ」と言います。その上、「この神器は、自分のそばにおいて置くように」とおおせられたといいます。
昭和64年1月8日に「践その儀」が行われました。今上陛下が細長い箱と、四角い箱を深々と頭を下げて受け取られている写真が新聞にも掲載され、テレビでも放映されました。
あれは、三種の神器のうちの二つです。剣と勾玉です。この平成の御世に、代々受け継がれ、天皇になられたのです。
行幸の際も、常に両陛下のすぐ後ろに剣璽(剣と勾玉)が入っている箱を持った方がついておられます。はるか2千年以前の「そばに置いておくように」という神話の中の教えを、いまも守り続けておられます。
「すばらしい国をつくりたい」と考えられた天租は、最初は自分の子供である天忍穂耳命に命ずるのですが、その準備に時間がかかり、実行できませんでした。
そこで、天忍穂耳命は自分の子供である「にに杵尊」に、「私に変わって日本に降りていくように」と言います。天照大神さんも、「国づくりというものは若い人がいい。よし、それでは孫をやろう」ということになったのです。
にに杵尊は、九州の日向・高千穂に向かうのです。その時、天照大神さんが「にに杵尊」にお渡しになったのが「三種の神器」です。やたの鏡、八坂にの勾玉、天叢雲剣をお渡しになり、「これを持っているものが、私の子孫の印で、日本の国を治める精神を表す印だ」と言います。その上、「この神器は、自分のそばにおいて置くように」とおおせられたといいます。
昭和64年1月8日に「践その儀」が行われました。今上陛下が細長い箱と、四角い箱を深々と頭を下げて受け取られている写真が新聞にも掲載され、テレビでも放映されました。
あれは、三種の神器のうちの二つです。剣と勾玉です。この平成の御世に、代々受け継がれ、天皇になられたのです。
行幸の際も、常に両陛下のすぐ後ろに剣璽(剣と勾玉)が入っている箱を持った方がついておられます。はるか2千年以前の「そばに置いておくように」という神話の中の教えを、いまも守り続けておられます。
Posted by 中川知博 at
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