2023年02月20日

「領収証的祈り」

 ある神社の宮司さんが、参拝について次のように説明しています。

 「神さまは清浄を喜ばれるから、いろいろ願いごとをすることは、いっさい禁じられている。すべて願いごとは私欲であり、汚れであるから、神前で訴えてはならない。ご神前へ出たら、かしわ手を打って『今日も無事暮らさせていただいて、ありがとうございます』と、ただお礼を申しあげて帰るのが、正しい神詣での仕方である」

 このことは、神道だけでなく、仏教も同じ考えなのではないでしょうか。仏教評論家のひろさちやさんは、神仏を拝むとか、お祈りをする、本当の理由は「感謝の気持ち」の表現であると説いています。

 さらに、一日一日を幸福に過ごさせていただく、その感謝の気持ちの祈りを「領収証的祈り」と呼んでいます。

 また、神仏にお願いばかりする祈りについては「請求書的祈り」という表現をして、嘆かわしいことだとしています。

 ふだんは神さまを忘れていて、初詣でなどで、要求ばかりの神頼みであっては、身勝手な感じがします。

 できることなら、現在あることへの感謝の心を表した「領収証的祈り」を捧げたいものです。

  


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2023年02月06日

二つの見方がある

 「あの人は暗そうだけど、話し合えば実に明るい人よ」 「彼は一本気だし、直情型の行動が目につくが、思慮深い面もある」 このように二面性を持った人は意外といるものです。

 また物事についても、「簡単に見えても案外奥深い」ことや、「安全だと思っていても、思いがけない障害があってリスクを伴う」ことを経験することも少なくないでしょう。

 二面性を感じたり、経験したりすることは、自分が最初に思ったり、感じたりしたことを単純に思い込んでしまうからではないでしょうか。その結果、ひとりよがりや偏見に陥り、物事の本質が見えなくなり、誤った判断をしてしまうことにつながります。

 よく「大事の前の小事」といいます。この言葉も、物事が持つ二面性を示唆する意味が含まれています。

 「大事を行う前は、ささいなことに構わないほうがよい」 と、「大事を行う前は、ささいなことにも慎重に対処しなければならない」という二つの違った 意味、用法があります。

 物事には、ひとことで、あるいは一つの見方では、とうていつかみきれないものが、少なくありません。

 ふだんから、広い心と、幅広い知識、冷静な判断力を身につけることが大切です。

  


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