2020年04月20日

贖罪国家日本

 戦後半世紀が過ぎ、この間私たち日本人が築いたのは、世界でも比類ない恐るべき無残な謝罪国家、贖罪国家、国益なき国家です。

 贖罪とは、体刑に服する代わりに、財物を差し出して、罪過を許されることを言います。

 靖国神社に首相が参拝すると、中韓両国からの非難の声に謝罪する。教科書の記述に抗議があると、また謝罪。政治家が大東亜戦争に関して語ると、「侵略戦争に対する反省が足りない」と、近隣諸国から責められ、頭を下げる。戦後の日本と近隣諸国との関係は、謝罪の歴史といっても過言ではありません。

 国際社会では、国家が他国に謝罪するということは、常識外の愚行です。アングロサクソンの辞書には、「謝罪の文字」はありません。かつてアジアは、西欧列強に植民地化されていました。しかし、アジアの国々に謝罪したことは一度もありません。インドネシアを350年にわたって植民地化し、奴隷同然に現地民を扱い、搾取を続けていたオランダは、独立戦争で劣勢になり、独立を認めざるを得なくなっても、賠償金を要求しました。これを泣く泣く受け入れました。侵略・搾取・略奪をほしいままにし、酷使したにもかかわらず、「反省」や「謝罪」はありません。

 中韓は、事あるごとに日本に謝罪を求めます。しかし、韓国が過去に侵略された中国に対して、謝罪を求めたこともなければ、中国がイギリスに、謝罪を求めたことは一度もありません。

 なぜ、どこの国も謝罪しないのか。日本では、謝罪は美徳で、謝ればすべて水に流され、わだかまりは解消されます。ところが、国際社会では全く違います。謝れば、たとえ悪くなくても賠償義務が生じます。

 どこの国も、謝罪を要求されても、突っぱねます。ドイツ政府も、戦時中のユダヤ人大量虐殺やその他の悪徳行為も、すべてヒトラーのナチス政権の仕業だとし、政府は一切謝っていません。侵略した近隣諸国に、賠償金は一銭も払っていません。これが国際社会の現実なのです。

 この続きは、次回にて。


Posted by 中川知博 at 08:00│Comments(0)
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