2023年02月20日
「領収証的祈り」
ある神社の宮司さんが、参拝について次のように説明しています。
「神さまは清浄を喜ばれるから、いろいろ願いごとをすることは、いっさい禁じられている。すべて願いごとは私欲であり、汚れであるから、神前で訴えてはならない。ご神前へ出たら、かしわ手を打って『今日も無事暮らさせていただいて、ありがとうございます』と、ただお礼を申しあげて帰るのが、正しい神詣での仕方である」
このことは、神道だけでなく、仏教も同じ考えなのではないでしょうか。仏教評論家のひろさちやさんは、神仏を拝むとか、お祈りをする、本当の理由は「感謝の気持ち」の表現であると説いています。
さらに、一日一日を幸福に過ごさせていただく、その感謝の気持ちの祈りを「領収証的祈り」と呼んでいます。
また、神仏にお願いばかりする祈りについては「請求書的祈り」という表現をして、嘆かわしいことだとしています。
ふだんは神さまを忘れていて、初詣でなどで、要求ばかりの神頼みであっては、身勝手な感じがします。
できることなら、現在あることへの感謝の心を表した「領収証的祈り」を捧げたいものです。
「神さまは清浄を喜ばれるから、いろいろ願いごとをすることは、いっさい禁じられている。すべて願いごとは私欲であり、汚れであるから、神前で訴えてはならない。ご神前へ出たら、かしわ手を打って『今日も無事暮らさせていただいて、ありがとうございます』と、ただお礼を申しあげて帰るのが、正しい神詣での仕方である」
このことは、神道だけでなく、仏教も同じ考えなのではないでしょうか。仏教評論家のひろさちやさんは、神仏を拝むとか、お祈りをする、本当の理由は「感謝の気持ち」の表現であると説いています。
さらに、一日一日を幸福に過ごさせていただく、その感謝の気持ちの祈りを「領収証的祈り」と呼んでいます。
また、神仏にお願いばかりする祈りについては「請求書的祈り」という表現をして、嘆かわしいことだとしています。
ふだんは神さまを忘れていて、初詣でなどで、要求ばかりの神頼みであっては、身勝手な感じがします。
できることなら、現在あることへの感謝の心を表した「領収証的祈り」を捧げたいものです。
Posted by 中川知博 at
08:00
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